前項で『自助、共助、公助』について、災害発生後の福祉を成り立たせるうえで大切な比率を紹介しました。
今回は『共助』における「助ける人」および「助けてほしい人」の準備、実践を紹介します。

あなたは「助ける人」?「助けてほしい人」?

今の生活は電気・ガス・水道供給や食料品店、医療・介護サービスなどの社会のシステムに助けられて成り立っています。災害によって社会のシステムがいともたやすく壊されたときに、今までの生活が維持できなくなるというのは容易に想像できます。だから、社会のシステムに助けられていることが多ければ多いほど、重篤な「助けてほしい人」になってしまいます。

「災害弱者」と言われる高齢者、障がい者、妊婦、乳幼児などはもちろんのこと、現在は生活に支障を感じていない人でも、ひとたびケガをしたり、強いストレスで精神的なダメージを受けてしまっても「助けてほしい人」になってしまいます。

どちらの立場になるかは予測できません。しかし『形あるものは壊れる』のように、秩序ある生活から混沌とした生活になることは必至です。誰もが一度は「助けてほしい人」になってしまいます。そこから自力で自分(家族)の生活を持続させられる手立てを整えた後に、長期にわたる復旧期間を「助ける人」となって活躍出来るのです。

さて、ここに『地震防災(減災)の課題マップ』を再度掲載します。

マップ(表)の横軸は時間軸で、地震災害発災中を挟んで、事前と事後に起きること、または実施すること、実行することを配置してあります。そして、事前の事項は事後の事項を見据えて行うこと、という関係になっています。また、縦軸は『自助、共助、公助』と区分されています。

「自助」とは、自分でやらなければならないことを自分の責任で実施すること
「共助」とは、隣近所や友人・知人とお互いに支え合い・助け合うこと
「公助」とは、行政でなければできないことは、行政がしっかりとすること

命を救うための共助

表の第3列を読んでみましょう。第3列は『(発災)~3時間以内』です。

「共助」の第3列にある項目は、「街」と「他人」に分けられています。

一刻の猶予もないのは「街」の消火活動ですが、これは小さなボヤが限界です。それも汲みだせる防火用水が身近にあって、複数人で水を運び続けられる場合に限ります。その上の枠にある「家」での初期消火で家内で火を止めなければなりません。それも無理は禁物です。火炎が天井につくぐらいに大きくなったら逃げ出すしかありません。炎と煙に巻き込まれる危険があります。だから、火災については、発火させないことがより大切になります。

次に「他人」の「命を救う」です。その最初にある、安否確認/災害時要援護者介助は、聞いたことがあると思います。また、避難訓練が定期的に行われているところでは、お家の近くの広場などに集まって点呼をおこなっていると思います。実際の被災時に住民が同じように参集できるかどうかはわかりませんが、訓練の時にこそ全住民が参加して、基本行動を共有化しておく必要があります。特に災害時要援護者介助は、どのように介助すれば安全に避難させられるのかを事前に把握して訓練しておかないと、介助要員・用具が無くて無理無理な方法を強いられるということに陥ります。しかし、災害時要援護者登録に積極的でない人も多く、訓練にも参加していないというのが現実ではないでしょうか。「助けてほしい人」となる可能性があるなら、自分自身の存在と方法を遠慮なく開示しておくべきですが、なかなか進んでいないのが現実なのです。住民同士で根気よく働きかけるしかありません。

残りの「他人」の「命を救う」は、倒壊家屋からの救出/救急救命/クラッシュ症候群防止です。これらは、すべての人に関わる課題です。年齢や健康状態に関わらず「助けてほしい人」になります。阪神淡路大震災で倒壊家屋から助け出された人の9割は、近隣の住民によってであったと報告されています。消防隊や警察、自衛隊などの機関が救出には来てくれない、だから倒壊家屋からの救出・救命は住民でおこなわなければならないと言われているのです。しかし、助けられたということは大きく報道されていますが、助けようとして倒壊家屋を崩壊させてしまって救出できなかったことや、救出しようと頑張ったけれども、迫りくる火の手を前に断念しなければならなかったことは、ごく一部に報道されているだけでなのです。

このように、災害が起こってからの命に係わる共助には限界があるのです。それを解消するには、事前防災(減災)が決め手となります。要援護者・援護者の合意形成もそうですが、耐震補強や家具転倒防止などの自助減災の支援に着手しなければなりません。災害をイメージできずに自助減災に取り掛かっていない人は、必ずや「助けてほしい人」になってしまうのですから。

生活を維持するための共助

表の第4列・第5列を読んでみましょう。第4列は『(発災)~3日以内』、第5列は『~3週間以内/以降』です。

混乱が少し収まったころになりますが、これからが延々と続く耐乏生活の始まりです。未だ電気も水道もガスも停止した状態が続く生活です。そんな状態では、物資や食材を買い求めようにも、営業をしているお店はわずかでしょう。水の配給は始まっているでしょうが、電気やガスの配給はありません。少なくても水だけは入手したいですね。

給水車が運よく近くの公園にやって来ても、給水を受けるために長蛇の列に並び、貰い受けた水を家まで運び、マンションなら階段で担ぎ上げなければなりません。これを他人に助けてほしいと思ったときには、どうすればよいのでしょうか。困りごとを言えば、隣人は手をさしのべてくれるかもしれません。たとえ日ごろが疎遠だったとしても。

しかし、発災前(日ごろ)から隣組住民として、清掃活動や防犯パトロール、交通安全立哨、夏祭り、秋祭りなどの行事に参加して、その人となりを知り合っておくことで、長丁場の耐乏生活期間中も快く協力してもらえるはずです。

そして給水のことで言えば、発災前に受水容器(ポリタンク)を準備しておくことが肝要です。『水を貰って来て欲しい』だけでは、ちょっと厚かましいですね。もし、頼まれる側になったらと考えればわかることでしょう。自分たちにとって扱いやすい形状と重さ(量)、運びやすさを依頼しようと思う人と相談して買い整えておくようにしましょう。これが「助けてほしい人」の作法なのです。

家族構成や体力にもよりますが、取っ手付きの5リットルポリタンクが取り扱いやすいでしょう。水なので5キログラム、両手で持って(片手だけに荷を持って運ぶより、両手に荷を持って運ぶ方が負担が少ない)10キログラム。次の給水までに全部使い切らなかったときでも、2杯分を頼めるように3個の空容器を備蓄しておけば良いでしょう。

これは、全家庭に共通することです。「助けてほしい人」でなくても給水を貰いに行くことはあるのです。発災したらホームセンターから一瞬にして消えてしまうポリタンク。ホームセンターに行こうにも行けない交通渋滞。こんなことを考えると、購入しておくのは今のうちなのです。

誰も「助けてほしい人」になりたいわけではありません。しかし、「助ける人」になるより容易に「助けてほしい人」になってしまいます。何を助けてほしくなるのか、助けてもらうにはどんな器具・資材が必要なのかを考えて、事前の準備をしておくことで、「助ける人」が助けやすくなるのです。

さらに大切なのは、事前の支援関係者との合意形成です。心理的に、そして物的に助けやすくしておくことに心配りをして、災害を迎えましょう。

次項は『今の子どもたちにとって防災があたりまえになるように』です。

現在の大人にとって、地震災害の被害を軽減するために対策された住宅で生活することは、煩わしさの連続です。例えば、

使わない物は扉のある棚に収納し、棚の扉にはロックを掛ける。取り出すときには扉のロックを外して、そして扉を閉めたらロックを掛ける。

地震で大きな揺れがあったときに、その前にいる人に収納物が降り注ぐのを防止するためですが『そんな面倒なこと』と思ってしまうのは、危険に対処する意識の切り替えができないでいるからです。大人が意識して切り替えていかないと、子どもたちも危険に対して無防備な大人になってしまいます。

南海トラフでの大地震発生確率が、益々高まっていく時代にむけて、子どもたちに身につけさせてあげることは、危険の見極め力です。もの心ついた時から、その煩わしい?環境において、対策されていない環境の危険を察知する能力を高めてあげることが、生きる力を育むことではないでしょうか。

そこで、次項では「今の子どもたちにとって防災があたりまえになるように」するための準備、実践を紹介します。