私の事務所名は「福祉」という言葉で始まっています。
この「福祉」という言葉の定義と私が地震防災において「福祉」に込めた意図を比べながら、これからのお話を進めていきたいと思います。
 初めに、辞書で「福祉」を引いてみると、大辞林 第三版の解説では、

ふくし【福祉】
〔「し」は「祉ち」の慣用音。「祉」は幸福の意〕
幸福。特に,社会の構成員に等しくもたらされるべき幸福。 「公共の-」 「社会-」 「 -事業」

とあります。

 確かに、用例にある「公共の福祉」「社会福祉」「福祉事業」は日常的に見たり聞いたりする言葉で、高齢者や障がい者の方々が幸せに暮らしていけるように支援することと理解することができます。
 一人で生活行動を行うには身体が不自由でも、少し手助けしてもらって自分の意志で行動することができれば、それは幸福と感じられるでしょう。また、一人暮らしで近くの人との交流が疎遠になっている人が集って食事をしたり、歓談をしたりすることができれば、それも幸福と感じられるでしょう。
 すなわち、本来はできるはずのことができないときに、できるようになったことの喜びを「幸福」と言うことができそうです。

 しかし、それだけで「社会の構成員にもたらされるべき幸福」を言い表せているのでしょうか。
 ここで、「社会の構成員」について考えてみましょう。社会の構成員の最小単位は「個人」ですが、私は「家族」が相応しいのではないかと考えています。
普段は何かと喧嘩ばかりしているように思える家族でも、本心から嫌っているわけではなく、どうなってもかまわないと思っているわけでもありません。
一緒に生活していて心を開きあい、空気のような存在になっているのが「家族」なのです。
そして「幸福」の定義に当てはめれば、その「家族」が他人に気兼ねなく一緒に生活できることが「社会の構成員に等しくもたらされるべき幸福」なのではないのでしょうか。

 地震災害は、その幸福を断ち切ってしまいかねません。家族の誰かが亡くなったり、行方不明になったりする。
住んでいる家が壊れたり、家の中で家財道具が破損散乱したりして住めなくなって避難所生活をしなければならなくなるなど、その「家族」が他人に気兼ねなく一緒に生活するということができない事態になってしまいます。そのような事態に対して、近隣の方々が助け合ったり、公的な支援が行われたりするでしょう。
困っている人がいれば助けることは当然のことですし、使命として奔走される方も多くおられるでしょう。
しかし、それでその家族の幸せが取り戻せるのでしょうか。
特に、事後に手当をしても取り戻せないものは命です。
被災直後に家屋の倒壊や家具の転倒によって亡くなることはもちろん、被災後の窮乏生活の中で亡くなることもあります。
家族が地震によって不慮の死を迎えることは、残された家族にとっていつまでも心の傷となって残ることでしょう。
すなわち、事後の「福祉」は必要なことではありますが、力の及ばないこと、立ち入ることのできないことが多々あるのです。

そこで、皆さまに提案させていただくのが、事前の「福祉」です。先を見越した「福祉」の準備です。
目的は、「家族」が他人に気兼ねなく一緒に生活するということです。目標(どこまでやるのか)は、家族にとってそれぞれ異なるでしょうが、地震災害によって自分の家族に何が降りかかってくるのか、何が起きるのかを想像して決めればよいのです。
しかし、目に見える地震被害とは違って、想像する被災具合は、他人には見えません。誰かが気づいてくれることもありません。自分が考えて動かなければならないのです。それでも、発災前なら道具も資材も労力も対策に必要なものはいくらでもあります。落ち着いて対策することができます。

まずは、自分の家族のことを守ることから始めましょう。自分本位で良いのです。いいえ、それが良いのです。自分の家族が守れていないと他人の家族を助けることも出来ません。そして、数多くの家族が自分たちで自分の家族を守ること、地震災害の被害軽減に備えていくことが、事後の「福祉」の領域を必要最小限にとどめ、社会資源を集中させて効果を高めることが出来るのです。

次項は『減災力はイマジネーション力』です。地震災害によって自分の家族に何が降りかかってくるのか、何が起きるのかを想像できるレベルで、その後の対策レベルが違ってきます。想像力(イマジネーション力)を高める必要性とその高め方を紹介します。